東大卒の私が子供に英語(特に英会話)を習わせたいと思った理由 その2

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こんにちは、StuTです。

これまでも、息子の英語学習の取り組みについていくつか紹介させていただいておりますが、今回は私のこれまでの実体験から、なぜ息子に英語(特に英会話)を学ばせたいと思ったかを実際のエピソードを交えながらお伝えしたいと思っています(今回は第二弾ということで、タイトルをその2としています)。

第一弾では、私の経歴から、研究とビジネスの両面で、英語を話せることがどれだけ武器になるのかという点でのエピソードを紹介させていただきました。

今回は、もう少しゆるく、英語を話せる事でこんないい体験ができたよという点を紹介できればと思います。

私の経験談が、お子さんの英語教育を始めるための一つのキッカケになれば幸いです。

経歴と英語力

学歴の詳細はその1に記載しているのでそちらを参照していただければと思います。
▼学歴の詳細はこちらの記事をご確認ください。
https://mouseamazing.com/2020/10/29/post-1688/

最終学歴は、東大大学院博士過程修了です。

英語力に関してはTOEICのレベルでいうと、学部卒業時点で680点前後。大学院卒業時点で895点でした。

会話レベルだと、学部卒業時点で、会話にトライする勇気はあったものの、十分に伝えたいことが伝えられるレベルではありませんでした。大学院卒業時点では、ネイティブのレベルでのリスニングにはまだついていけないものがあるものの、少しゆっくり話してもらえれば大体の英語を聞き取ることができ、語彙も増えたので伝えたいことは大体伝えられるようになりました。

英語(英会話)を習わせたいと思った理由(その2)

上のような経歴を経て、私が子供に英語(英会話)を習わせたいと思った理由(その2)は、ズバリ

「英語を喋れることでその他大多数の人が経験できないことを経験できるから」

です。

私自身は、英語が話せる事で経験できた事によって自分自身の考えや行動、およびその後の人生を豊にすることができたと思っているので、それに大きな価値を感じています。

その1と比べると、やや論点が曖昧(経験できたことがいいのかどうかという客観的な書き方ができない)なところがありますが、以下では、実際に英語が話せるこで経験できたエピソードについて紹介していくので、こんな経験子供にさせたいのかどうかという観点で内容を読んでいただけたらと思います。

英語が話せることで経験できたエピソード

海外留学(学部3年次)

まず一つ目は海外留学ですが、むしろ海外留学を経験した当時は、実戦での英会話経験が全くないまま、現地に乗り込んだので、その当時話せていたらもっとよかっただろうなという経験として書かせていただきます。

私が海外留学に行ったのは、大学3年の夏休みで、所属の名古屋大学ではなく、兄の所属していた早稲田大学の留学プログラムを利用してのことでした。

早稲田大学では、ミシガン大学と連携して留学プログラムを構築しており、私が参加したものは、お金さえ払えば誰でも参加できる2週間の短期プログラムでした。

短期プログラムの中では、ミシガン大学構内で学生寮(一人部屋)に住みながら、現地の先生からテクニカルライティングの講義を受け、最後に学んだことをディスカッションするというものでした。

現地の大学生がティーチングアシスタント(TA)として、講義と2週間の課外時間のサポートをしてくれます。プログラム用にBBQやジャズバーでの飲み、メジャーリーグ観戦など様々なイベントを用意してくれていました。

これに参加するだけでも、十分にいい経験でしたが、正直これは英語ができたから参加できたわけではなく、前述の通り、お金を払えば誰でも参加できるものなので、英語ができたから経験できたというものではありません(一般的には、英語がある程度できるから参加しようと思うものなのかもしれませんが、私の場合は、正直に高校の受験英語のみで、漠然と行ってみたいという思いだけで行ったので。英語とは関係ありませんが、飛行機も海外も初めてでした。)。

実際、そのレベルで参加してみてどうだったかというと、講義はテキストがあったのでなんとか言わんとしていることは理解できましたが、講義中の会話については何もついていけませんでした。

最終発表は、前日に原稿を作って良いと言われていたので、それでなんとか乗り切ることができたレベルです。質疑応答もなんとかわかる内容の質問だったので、その場で応対することができました(ちゃんと伝わったのかはともかく。)。

正直な感覚として、参加者(15人くらいいたのだと思いますが)の中で、英語力は最下位だったのかなと思います。

ただ、最後の二日間くらいは、宿題の回答や発表の内容も含め、かなり評価してもらって、講師の先生から「この研修で一番伸びているのは君かも」といったことも言ってもらえることができました。

講義に関しても、もっと英語が聞き取れて、もっと英語が話せれば、もっと高いレベルで、もっと多くのことを学べただろうと思っています。

ミシガン大の優秀な教授陣が講師についてくれていたので、勉強のことだけでなく、アメリカの文化とか、人生とか。

課外活動でのTAとのコミュニケーションでも、一晩考えた質問を一方的に投げかけるだけで、回答に対する返答(キャッチボール)はほぼできませんでした。

そんな自分でも優しく接してくれるTAのメンバーだったので、お別れの際にはメールアドレスを交換しましたが、その後はたまにメールするくらいしかなかったです。

もっと深く繋がっていたら、彼らを訪ねて再渡米したり、あるいは、彼らを日本に招いたり、その後のコミュニケーションに繋がったのかなと思っています。

国際寮での生活

続いて、東大大学院の修士1年秋から博士1年秋までの2年間を過ごした国際寮での生活を紹介させていただきます。

私が入寮した国際寮は、お台場にある非常に大きな国際寮で、日本人学生100人くらい、外国人留学生900人くらいが住める非常に大きな寮でした。一つの小さな村でしたね。

基本的には外国人留学生のための寮ですが、日本人は、外国の留学生の生活をサポートし、国際交流を促進する役割で入寮を許可されます。前述のミシガン大学の留学先でサポートしてくれたTAと同じような役割ですね。

その国際寮に入れたのも英語が話せたからです。世界各国からの留学生の生活支援をするのですから、当然ながら使える英語力が求められます。

理由はよくわからないですが、国際交流に強い憧れがあった自分には最高の場でした。

留学生も日本人も、大学院生のみだったので、お酒を囲んで、寮のキッチンでパーティーをしたりというのはほぼ日常で、そのほかに日本人で企画した、夏祭り、クリスマス、ダンスパーティー、各国料理の出店フェアなど、本当に色んなイベントを経験しました。

寮には小さいながらもグランドもついていたので、大好きなサッカーでの交流もできました。

留学生も国に帰ったら、官僚みたいな人たちがいて、中々経験できないものを経験できたなと思っています。

特に仲良くなったウズベキスタンの友達については、以降の章に書いていますが、彼の実家を訪れ、現地で1週間付きっきりでもてなしてもらいました。

世界レベルで友人ができた非常に良い経験になりました。

東大の留学生と旅行

東大大学院の研究室でも、英語が話せたことで、特別な交流を持つことができました。

今やどの研究室にも留学生がいるのではないかと思いますが、私の研究室には、韓国とイランの留学生が一人ずついました。

この章のエピソードはイラン人留学生との旅行にいった話です。

留学生は、ちょうど私が入学した年に同じく入学した学生で、旦那さんと一緒に東大に留学してきました。

相変わらず、英語でのコミュニケーションへのよくわからない強い憧れから、必然的に積極的にコミュニケーションを取りました。

ほぼネイティブクラスの英語を操る才女が研究室の先輩にいたので、彼女にも間に入ってもらったこと、また、私もサッカーを通じて留学生の旦那さんとも仲良くなったこともあり、その年の夏休みに愛知で開催された万国博覧会に、皆で旅行してきました。

またそこにいく途中では、イラン人夫妻を私の静岡の実家に案内し、一泊泊まってもらうということも経験できました(ホストの経験というのも中々ないことなのかなと思います)。

私の母も、英語コミュニケーション大好き人間なので、とても喜んでくれていました。

留学生の実家を訪れる_インド

次のエピソードは、私の初の単身海外旅行先、インドでの経験です。

私がインドにいったのは2007年くらいだったと思いますが、インドが大きな経済成長を遂げていたとはいえ、まだまだ治安等には不安の残る時代でした。

そこに初の単身海外旅行に行ったのだから、中々チャレンジャーだったなと今でも思います。

実際、インドでは濃密な時間を過ごしましたが、詳細はいずれまた紹介できたらと思います。

ここでは、その時に日本で知り合っていたインド人留学生の実家を訪れて、二泊ほど泊めてもらったというエピソードを紹介します。

先ほど出てきた私の母が、静岡で留学生の生活支援等をボランティアでしているので、母が面倒をみていた留学生と私も面識を持つ機会がありました。

私がインド旅行にいくと伝えたら、是非実家に寄ってくれとのことだったので、デリーについた翌日に、現地で留学生の実家のコルカタに電話をかけて、その日のうちにコルカタに電車移動して、留学生のお母さんと合流し、そのまま2泊泊めてもらいました。

お母さんとはなんの面識もなかったのに、よくいけたなと今でも思いますし、日本からきた当時ボサボサのロン毛だった男を快く受け入れてくれたことに本当に感謝しかないです。

私がインドにいったのが10月くらいだったと思いますが、現地ではダーシャラーというインド三大祭りの一つが開かれていて、その祭りを案内してくれたり、そのほかには、他の親戚の家で料理を振る舞ってくれたり、本当によくしてもらいました。

「行ったからには爪痕を」精神の私は、二日間経ったお別れの日には、現地の言葉(ベンガル語だったと思います)で、お別れの挨拶をしたのは今でもいい思い出です。

これもやはり英語が話せることで繋がりに繋がって経験できたものです。

留学生の実家を訪れる_ウズベキスタン

続いては、同じく留学生の実家に泊まった経験で、こちらは前述した国際寮で仲良くなったウズベキスタンの官僚候補のお家です。

時期としては、彼が退寮(帰国)して1年後くらいだったと思います。

彼の誕生日を祝いに、もちろん旅行も兼ねて単身ウズベクに乗り込みました。

今はどうなっているか正しく把握していませんが、当時のウズベクは、彼らの言葉を借りると、政治が腐敗していたということで、治安もそこまでよくなかったということでした。

そんな中だったからか、私が空港に到着したその日から、彼は一週間丸々会社を休んで、案内役も含めて私の面倒をみてくれました。

ホテルも一切取っていなかったので、タシケントで過ごす間は、彼の家族も暮らす彼の実家でお世話になったし、地方へ観光にいった時も、彼と共に彼の友人宅に泊めてもらったりという感じでした。

インドの時のように、一人でいろいろ回ってみるというのも自分的にはとても貴重な経験だと思っていますが、今回は一人心強い案内人がいたことで、安心して観光することができたし、自分一人では体験できなかったかもしれない現地の文化(プロフを食べたり、水タバコをやったり)を体験することもできました。

Googleへの海外出張

最後は、社会人となった後で、Google本社に海外出張できたことです。

言わずと知れたITの巨人Googleですが、私が勤めている会社ではGoogleに関連するビジネスをしているため、年数回米国で開かれる製品イベントに、会社からも社を代表して数名が参加していました。

私は関連チームに入ってまもなかったですが、英語が喋れたということもあり、二年連続でサンフランシスコのGoogle本社を訪れることができました。

Googleの社食でご飯を食べる経験や、Google社員と話をする機会もそう作れるものではないので、貴重な経験だったなと思います。

空いた時間ではサンフランシスコ散策などもすることができたので、非常に有意義な時間を過ごすことができました。

社会に出ても英語ができることで経験できる幅が広がるんだと実感することができた瞬間でした。

まとめ

今回は、私が子供に英語を学ばせようと思った理由として、英語が話せることで自分の世界を広げ、他の人にはできないようなオンリーワンの経験ができるからと述べさせていただきました。

その補足として、私のこれまでの実体験を紹介させていただきました。

自分でも改めて振り返って見てみると、英語を話せること以外に、人とは違うそういう機会自ら飛び込んで行けるのかというのも、色んな経験をする上では重要な要素だったのだと気付きました。

しかし、私としては、英語が話せたからそういう思いが持てたところも大いにあるのかなと思っています。

英語が話せるから、前に転がってきた色んなチャンスに飛び込もうと思い、実際に飛び込んでそれを経験できて、自分の思考を豊かにして、また次のチャンスに飛び込んでいける。英語ができることによる正のスパイラルもあったのかなと思っています。

書いていて、かなり自分の昔話でかなり脱線してしまったところがあるかなと思いましたが、英語ができることで経験できる一つの具体例として捉えていただけたら幸いです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

(参考)息子も私も利用しているオンライン英会話サービス

最後に息子も私も実際に利用しているオンライン英会話サービスのリンクを以下に貼っておきます。

興味があればご参考にしていただければと思います。

▼息子も私も利用しているオンライン英会話サービス
クラウティ

▼その他サービスを紹介した過去記事はこちら
【小学生】オンライン英会話サービス4選

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